A boiled egg

ぼちぼちいこか

アニメ「マイホームヒーロー」 感想

 2023年春アニメの「マイホームヒーロー」を見た。

 

 一人の父親が娘を、家族を守るために殺人を犯し、殺した人間が所属していた組織から逃げるサスペンスものである。「逃げる」と言っても物理的な逃避ではなく、組織の人間を欺いていくといった形なので、すぐそこに迫る危機的状況にハラハラドキドキする演出が多くある。その父親の見た目がなんとなく頼りないという点も、「本当に大丈夫か?」という緊張感をさらに増す要素として機能している。

 よくある構造ではあるけど、シンプルだからこそ分かりやすくて、しかし一筋縄ではいかないところも面白くて好きなタイプの物語である。

 

 このアニメの原作漫画を1巻だけ読んだことがあるのだが、正直その時は「映像化するとしたらドラマの方が絶対いいやろなあ」と思っていたので、アニメ化と聞いた時はぶっちゃけあんまり期待してなかった。まあサスペンスアニメはこれまでも作られてきたからダメってことはないし、本作もちゃんとサスペンスらしい雰囲気が出てて良かったとは思っている。人によっては「漫画の静止画特有の緊迫感の劣化版」と言う人もいるだろうが、そこは一長一短だからしょうがないとは思う。

 

 制作会社は、かの有名な作画崩壊アニメ五等分の花嫁一期の手塚プロダクションだったが、作画による文句は個人的にはあまりないかなと。キャラを可愛く描くことが要求される作品では失敗したけど、こういうリアルで普通の描き方で問題ないジャンルの作品では問題ないってところだろう。この両者で作画の違和感の許容範囲も異なるなというのは、直感的にも感じ取れるところである。やっぱり制作会社に合った絵柄やストーリーの作風ってあると思う。大人の事情で、常にベストの制作会社を選ぶことはできないのだろうけども。

 

 間島を犯人に仕立て上げようとした辺りの話のテンポが、少し端折り気味かな?とは思った。最終話で麻取を殺すところまでやるために端折ってたんかなと、今となっては思う。かなり違和感ある話の進み方だったので、ここはマイナスポイントかな。

 

 良かった点としては、この作品の面白さの根幹にも関わるところの「紙一重の絶望と希望」がちゃんと両立されてたのが面白かったことである。一歩間違えれば殺人がバレて絶望の底に落ちるが、すんでのところでバレずに安堵する、その緊張と緩和がまさにそれである。「緊張と緩和」はお笑いの動画を見てて初めて知った用語なのだが、その概念は創作のどの分野でも共通して重要であるのだなと改めて思った。

 

 最終話見た後に率直に「もうこんなんどこまでも泥沼だよ、おしまいだよこの家族どうやっても救われないよ」と思った。序盤の黒幕が麻取というように話が進行していたが、彼の回想見た感じどう見ても「急に消えても問題ない人間」として利用されていたっぽいので、麻取なんかよりよっぽど偉い人間が、上層部にまだまだいるのだろう。なんなら麻取は上層部の一員にかすってすらいない可能性が高い。組織デカすぎんだろオイ……

 

 最終話の最後のカットが、鳥栖哲雄のガンギマリ顔とともに「大丈夫だよ」というのが強烈的であったのも印象深い。「歪んでいる正義だとしても家族を守る」というテーマの見せ方としては、幸せな一家団欒で締めくくる構成が一番オーソドックスな気がするのだが、「こいつの正義は完全に歪んでしまっています。もうおしまいです」とでも言わんばかりの絶望的な演出をやりやがってくれた。ただ、この作品で何度か表現されているように、正義や幸せは絶対的ではなく個人によって異なる相対的なものであるので、鳥栖哲雄のそれを第三者が見ると実はこう見えるんだよ、というのを最後にやりたかったのかもしれない。